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2014年5月

経営の原点〜7つの要諦、稲盛本から

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稲盛本に経営を学ぶ。

「会社を経営していくうえで重要なことは、
いかにスタッフにやる気になってもらうかです。
リーダーが1人でいくら頑張っても、
できることは知れています。
会社を発展させていこうと思えば、
自分と同じ気持ちになって、
一緒に仕事をしてくれるスタッフが必要になります。
スタッフが自分の会社と思い、
一生懸命働いてくれるからこそ、
会社は大きく成長していくのです。

このことは経営の原点であり、
会社を大きく発展させていこうとするときに
必要なことです」


◆要諦1 スタッフをパートナーとして迎え入れる

「私はあなたを頼りにしています」と真正面に言い、
そう接することが人間関係を構築する第一歩。


◆要諦2 スタッフに心底惚れてもらう

企業経営者はついてきてくれるスタッフを幸せにしていかなくてはならない。
自己犠牲を払い、スタッフのことを最優先に考える。
相手を思いやる姿勢が前提。


◆要諦3 仕事の意義を説く

自分たちのやっている仕事が、
単なる作業ではなく、どれだけ社会に意義があることなのか
その意義を見いだし、説いていく。


◆要諦4 ビジョンを高く掲げる

企業に集う人々が、共通の夢や願望を持っているかどうかで、
その企業の成長力は違ってきます。
「町内1になろう、区内1になろう、市内1になろう」と
説き続けた。


◆要諦5 ミッションを確立する

経営者の私利私欲を越えた、大義を定める。
この大義というものが、人を動かす大きな力を持っているのです。


◆要諦6 哲学(フィロソフィ)を語り続ける

「このたった1回しかない人生を、
人間としていかに生くべきか」をいうことを
創業以来スタッフに説きつづけてきた。
経営者がフィロソフィを語る企業は伸びていきます。
フィロソフィを社内で共有している度合いは、
企業成績に正比例していると思います。


◆要諦7 自らの心を高める

リーダーが自分の器を大きくすれば、
企業も必ず発展を遂げていきます。
「心を高める、経営を伸ばす」。
まさに経営の要諦なのです。


京セラという企業を起し、
第二電電(現KDDI)を創業し、
JALを再生させた、現代の希有な経営者・稲盛和夫さん。

JALのV字回復は、
「3万2千人のスタッフの意識改革を図り、
フィロソフィを共有することで、
スタッフ自身のモチベーションが高まり、
自ら考え、経営に参画してくれるようになった」

このことがJAL再建につながっていった最大の要因だと明かす。

かんたんなようで難しい、この原理原則を
少しは身につけたい。



函館観光〜2014年5月

Dsc_0562 ▲函館山からの眺望


函館市内に出張。

ワタシにとって一石二鳥となる、

ランニングをしながら「観光旅ラン」を考えていた。
時間的な制約もあり、函館山方面を目指すことにする。

函館山にはロープウェイやクルマで上ったことがあったが、

自分の足で登るのは、初めて。

調べてみると「登山道」がしっかりとあるらしい。

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▲函館山の「登山口」

ここから駆け足で登ろう(笑)。

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▲旧登山道コースを進む

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▲登山道は途中、観光道路と交差しながらつづく

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▲山頂が見えてきた

結局、1時間弱で登頂成功。

走って下りてくるランナー3人に出会う。

登って、写真撮って、すぐ下山。

下りは30分もかからず、元町方面へ行く。

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▲函館ハリストス正教会

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▲チャーミーグリーンの坂、と呼ばれる八幡坂


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▲新緑に囲まれる五稜郭タワー


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▲五稜郭奉行所

2010年に復元工事が完了し、公開された建物。

一度、見たいと思っていた。

Dsc_0500_2 ▲金森倉庫群と函館山


函館は、和洋中が混在するエキゾチックな港町。

遠く、世界とつながった名残を多く残している。

が、しかし、

マチの至るところに、歯抜けのように空き地が目立つ。

再び、この地に人や企業などが集まってくるには

どうしたらいいのだろうか・・・

マチを駆け足で走りながら、

そんなことを考えていた。



松前町で「シェフズクラブ北海道」などが手がけた「夜桜晩餐会」

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松前町で実施された「夜桜晩餐会」

北海道の春・食・文化が始まる場所、松前城で味わう贅沢な一夜。

道内の洋・中・パティシエなどのシェフらでつくる
「シェフズクラブ北海道」の推進協議会が主催。

南北海道グリーン・ツーリズム運営連合会が共催。

道内各地の食材の魅力を自慢の料理でアピールすることで
北海道の活性化に寄与していくことを目的に、
その第1弾のイベントがサクラが残る松前公園で開催された。

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札幌を中心に6人のオーナーシェフたちが集まり、
コース料理をふるまう。

シェフたちはこの一夜のためだけに結集し、
食材を吟味し、調理法を考え、仕込みに集中する。

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会場係は演出に余念がなく、
サクラの名所である松前公園のお堀にまで花びらを散らすきめの細さ。


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参加者は、札幌や函館などから約30名。
函館からのバスなどで会場入りする。

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公園内の特設会場では、「道南杉」をつかった
この日のために用意されたテーブルが設置。

特別なしつらえのプレミアム感たっぷりの空間が参加者を待つ。

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プログラムは、まずは遅咲きの八重サクラなどが咲く公園内を散策。
竹林や、寺町をガイドの案内で歩き、松前神社へ。

350年前から受け継がれる「松前神楽」の奉納を鑑賞。

普段はなかなか入ることができない神聖な場所で、

伝統芸能の舞に、一堂大拍手。

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食事では、それぞれのシェフ直々にこだわりや調理法などを聞きながら、
サクラの葉を使ったアワビの香り蒸しや、
せたな町の子羊料理。
イチゴのデザートといったコース料理を堪能。

道南の食材の豊かさを、最高の調理・演出で楽しんだ。

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小雨が降る天候であったが、
ポータブルストーブも用意されたアーチ型のテント内は快適そのもの。

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料理の最後にはシェフらが勢揃いして、代表からごあいさつ。

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季節ごとの美しいロケーションのなかで、
地域の食材を含めた観光資源を最大限に活かして
道内各地でこういったイベントを開催していこうとする、
シェフズクラブ北海道。

国内はもとより、
海外にアピールできるすばらしいコンテンツ/イベントだ。

アスパラ狩り体験が露地ものになる

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アスパラ狩りがハウスものから露地ものに切り替わる。
北広島にほど近い恵庭市の吉田農場さんの畑へ撮影に行く。

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今年は雨がすくなく、管理が大変だったというが、
すくすくと生育するアスパラ。

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刈ったばかりのアスパラから、したたりおちるアスパラの水分は、
さわやかなにがみと甘みが感じられるアスパラエキスだ。

ナマで食べても、柔らかく、おいしい。

6月下旬くらいまで楽しめる。

「正範語録」を知る

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先日のMTGで紹介されていた言葉。
「正範語録」という、
Facebookでずいぶんと拡散されたものだそうだ。


実力の差は努力の差
実績の差は責任感の差
人格の差は苦労の差
判断力の差は情報の差


真剣だと知恵が出る
中途半端だと愚痴が出る
いい加減だと言い訳ばかり


本気でするから大抵のことはできる
本気でするから何でも面白い
本気でしているから誰かが助けてくれる


仕事でも、
経営でも、
スポーツでも、
ことの本質は同じであろう。

かみしめたいと思い、
手帳に書き写した。


「さっぽろライラックまつり」が始まり「ワインガーデン2014」が人気

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気がつけば、GWはとうの昔に過ぎ去って、
暑い、寒いの気温の乱高下を繰り返しながらも、
着実に季節は移ろっている。

大通公園では、ライラックの花が見ごろを迎える。


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開花に合わせるように「さっぽろライラックまつり」が開催され、
大通公園7丁目噴水広場では、人気の「ワインガーデン2014」が
たくさんの人を集めている。

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全道各地から16のワイナリーなどが出展。
81種類のワインやスパークリングワインが楽しめる。
もちろん、ワインに合う旬のフード類も22ブースが立ち並ぶ。

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今年は、テントが変わり、少々雰囲気が変わった。

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屋外が気持ちいい季節を迎え、
ライラックが咲き誇る中、
道産ワインと食材を味わえる幸せ。

5月25日(日)まで。

「洞爺湖マラソン」を走る

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▲洞爺湖を一望できる27K地点

第40回記念大会となる「洞爺湖マラソン」を走ってきた。
自宅を4時前に出て、ひばりが丘に4時半集合。
ローソンで食料を買い込み、内藤先生のクルマで出発。

高速道路でびゅっと、洞爺湖へ。
現地には6時20分ごろ到着。
メイン会場に近い「第5駐車場」に入ることができた。

受付けを済ませ、トイレ。
朝食をクルマの中で食べる。
受付場所である「洞爺湖文化センター」の周りには、
前日からテントでキャンプしているランナーや、
車中泊をしている、遠方のクルマのナンバーが目立つ。

体操をしていたり、
ヒゲをそっていたり、
それぞれの朝。

だんだんと、会場が盛り上がってくる。

ワタシらもナンバーカードを付けたり、
着替えたりしながら、準備。
スタート地点まではけっこう遠いとのことで、
早めに移動し、並ぶ。

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▲Dブロックのスタート前

ゲストランナーである赤羽有紀子さんのあいさつエールの後、
9時半、スタート。

6,000人のランナーが、それぞれのゴールを目指して
42キロに挑む。

コースは洞爺湖温泉街を通り、
湖を反時計回りに1周する。
声援の多いメイン通りを抜ける。
ワタシにはちょっと早いペースながら、
10Kを1:03。

15K地点でトイレ、バナナなどの食料を入れる。
20Kを2:06。
ここから、いったん湖を離れた折り返し地点へと上り、下る。
28K地点で再度トイレ。
ここで内藤先生とわかれる。

30Kのエイドは道の駅に隣接している。
名物の「しそジュース」が出され、これがうまい。
ここでもしっかりと給食をいただく。
30Kを3:20。

どのエイドも、高校生が大声援をおくってくれて
心に響く。

道が細くなってきた35K過ぎから、
脚が動かなくなってきた。
止まって屈伸を入れたり、
歩いたりしながら、くやしい失速。

脚がじんじんと痛むあいだに、
小柄な女性や、シニアランナー、
小太りの男性などに抜かれ、
情けない数キロを過ごす。

やがて、美しすぎるオートキャンプ場を過ぎると
残りはあと2キロ。

最後の力をふりしぼり
4時間50分台で、なんとかゴールにたどり着いた。

先にゴールしていた内藤先生と落ち合い、
北湯沢の「名水亭」で無料温泉券を使う。

その後、支笏湖回りで戻る。


今回のレースの反省。
1月から走りはじめて、月200Kから300Kを積み重ねてきた。
ワタシの弱点である、食べ物によるエネルギー補給もうまくいった。
前日と前々日に雨で走れなかったこと以外、
コンディショニングも順調であったように思う。

にもかかわらず、後半の失速。

この事実から言えることは、
ワタシの体・筋肉量では、もっと練習負荷を上げなければ、
「人並み」にならないということだ。

練習負荷=量と質。

距離を増やし、
スピードを上げる練習内容。
もちろん、筋トレも必要だろう。
ケガには気をつけなければならないが、
もっとしっかり追い込まなければ、全然ダメだということだ。

そんなことを感じながらも、
初めての洞爺マラソンは、
新緑とサクラがきれいで
エイドの皆さんがホントに一生懸命に応援してくれて
とても気持ちのいい大会であった。

ありがとうございました。


手すき和紙職人「北の紙工房 紙びより」東野早奈絵さんを訪ねる

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▲紙すき体験

道内では珍しい、手すき和紙職人・東野早奈絵(とうの・さなえ)さんの
工房「北の紙工房 紙びより」を訪ねた。

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▲工房はJR森林公園駅から徒歩6分

工房は古い一軒家を改装して使っている。
作業場とショップ、ワークショップなど行う3つの部屋からなる。

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▲ショップ部分

販売コーナーとして、手すきの紙の他、
プロデュースした封筒類、
かわいいペーパーウェイトなどが並べられる。

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▲一人2,000円の紙すき体験

原料づくり〜紙すき〜模様つけ〜乾燥、といった
一連の流れを実際に体験して、
ハガキ2枚をつくることができる。

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▲プロが使うのはこちらの道具

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▲オヒョウニレを使った「蝦夷和紙」(右)

東野さんは道産樹皮を使った「蝦夷和紙」の製造・販売も開始。
アイヌの伝統衣料の原料であるオヒョウニレを使って、
伝統製法ですく、本格的な和紙だ。

原料の繊維が粗く、ゴツゴツとしたワイルドな風合い。
北海道の開拓のころを彷彿させる。


東野さんは、その経歴がユニークだ。
札幌に生まれ、教育大学を卒業。
中学校で理科をメインに、サブで美術を教える先生をしていた。
教師になって6年。
何かがちがうと、安定した職を捨て、単身上京。
雑貨店にアルバイトとして入社。
その店で「伝統工芸」の世界に惹かれ、
今度は福井県の和紙製造会社に就職、腕をみがいた。

そして、2012年末に独立。
厚別区で工房を開設する。

自ら製造する商品は「札幌スタイル」の認証商品にも選ばれ、
専門コーナーでも販売される。

全国各地の展示販売会場にも出張し、
道産和紙の普及につとめる。

日本の伝統工芸の技をつかって、
道産の素材で新たな境地を開こう挑む、東野さん。

応援したい。


・北の紙工房 紙びより
厚別区厚別北3条5丁目33-5
10時〜18時、火曜定休

初の「洞爺湖マラソン」が迫る

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▲洞爺湖マラソンのナンバーカードが事前に届く

今シーズン初のマラソン大会、
「洞爺湖マラソン」が迫った。

今年初のレースであり、
はじめて走る洞爺湖、でもある。

この大会は事前にナンバーカード(ゼッケン)と
計測用チップが送付されてくる。
これは合理的なしくみだ。

通常の大会ならば、当日(または、前日)に
会場の受付にて交付されるもの。

それが事前に自宅に送られてくるというのは、
当日あさの準備を含めて、よゆうが生まれる。

とはいっても、
この大会、クルマの駐車場問題があるらしく、
かなり早く現地に到着せねば、
クルマを停める場所を確保することが難しいらしい。

そんなこんなで、
大会当日は、このような予定だ。

・起床 3:15
・出発 4:00
・集合 4:30

その後、2時間かけて洞爺湖へ向う。
現地到着は6時半ごろ。

スタートは、9:30。

ワタシは5時間近くかかるであろうから、
ゴール時刻は14時すぎ。

ゴール後は、温泉に入り、2時間かけて札幌に戻り、
自宅には18時ごろになるのであろうか。

早朝(深夜?)から、まる一日かけての遠征となる。

けれど、サロマの本番を思えば、
これくらい、予行演習というものだ・・・


Coursemap

▲大会のコース

大会のコースは、洞爺湖をぐるりと一周するもの。
途中、21キロ過ぎから上り下りの難所がある。

トイレは数が足りているか?
食べ物は残っているか?
寒さ暑さはどうなるか?

心配ごとは絶えないが、
まあ、なんとかなるであろう。

大会の雰囲気に舞い上がらずに、
落ち着いて、自分のペースで脚を進めたい。

どんなレース展開になるのか、
わくわく、どきどき。

ともかくも、
ベストを尽くしたい。


夜ランの途中で、出会ったもの

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▲夕暮れの美原大橋

今シーズンはいまのところ、ランニングの基本は夜ランだ。
仕事などが一段落した19時ごろからスタート。
体調にもよるが、
短い時で40分。長い時で1時間半くらいを走る。

だんだんと日没がおそくなり、
日が長くなってくるのを実感する。

そんな昨日。

いくつかある練習コースの道の先に、動くものを発見。
最初、犬かと思った。

そこは、我が家から直線距離で2キロほどの
石狩川の河川敷。
堤防にアスファルトが敷かれ、散歩道として利用されている場所。
川の方に牧草地帯と河畔林があり、
反対側には、一般の農家が数軒あるエリアだ。

犬、ではない。
もっと大きい。

牛?

数匹いて、動いている。

ランニングの足取りをゆるめる。
夕焼けから薄暮へと、暗闇が迫る。

少しずつ、その動物たちと距離が近くなってくる。

と、その時。
どどどっと、一行が川の方へ動く。

緊張がはしる。

その一行は、なんと「エゾシカ」だった。
シカの群れ。数えてみると全部で7頭。

河畔林に逃げ込める位置まで動き、
じっと、ワタシの方を見て警戒している。

こんな近くにシカの群れ。

彼らは、どこに拠点があり、
どこからやってきたのだろう。

そこは、石狩川と夕張川が合流する地点であり、
JRの線路と国道12号線の橋などで囲まれているエリアだ。

夕張川の対岸にはゴルフ場もある。

びっくりした。


アートな盆栽作家さんを取材

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▲盆栽作家・君島信博さん

岩見沢へ取材に行く。
アートな盆栽をつくり、体験教室も開催している
アトリエ「草つ月」さん。

「盆栽」というより「bonsai」と表現したほうがピッタリくる
繊細な芸術の世界。

築数十年は経過している住宅を
すてきに直され、工房にしている。

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▲道具類がきちんと整理される作業場

うらやましいほどの整頓ぶり。

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▲小さな宇宙、bonsai

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▲北海道新聞 夕刊情報らんど

取材した記事は、このように掲載された。

札幌でも教室を開催されている。
ご関心のある方はぜひ、お問い合わせを。

君島さんのお人柄とあわせて
「ボンサイ」が好きになるだろう。


馬追山一周ランニング(トレイルラン含む)

長沼町の「長沼温泉」までクルマ移動、そこからランニングをする。

スタートは午前8時。天気は快晴。

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▲小高いエリアのため札幌・支笏湖の山々が見える

今回のコーステーマは「馬追山一周」だ。

ハイジ牧場方面へ南下する。


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▲道はゆるやかなアップダウンを繰り返す

 

まもなくすると、国道274号線にぶつかり、

セイコーマートでいつものジェルを投入。

すぐ近くの道の駅へ移動する。

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▲道の駅「マオイの丘公園」

ここの道の駅はいつもにぎわっている。

しかし、日曜日の朝はまだマイカーやバスは少ない。

そのかわり、オートバイのライダーが目立っていた。

みんなどちらへ向かうのだろうか。

無論、ランナーはワタシだけ。

トイレ休憩を入れ、

再び走り出すと、馬追丘陵越えの上りが始まる。

振り返ると、札幌方面までまっすぐな一本道が伸びる好きな道。

いつもはクルマでジェットコースターを下るように

快適に思える道だが、今日はリュックを背負って走っている。

ややもすると、景色は一変し、

夕張岳などの日高の山並みに変わる。

国道を離れて、由仁の市街を目指して北へ進路を変える。

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▲JR室蘭本線の「ふるさん」駅


線路を越えると無人駅がポツンとあった。

駅舎には誰もいない。

時刻表が1日7〜8本の列車停車を告げている。

田んぼの真ん中で、だれが利用するのだとうかと思っていたら、

駅舎の横には、数台の自転車がある。

高校生の貴重な足なのだろうか。

しばし、足をとめたあとは、国道234号線を由仁市街を目指す。


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▲JR由仁駅に建つ「ポッポ館ゆに」

20キロ地点となる由仁町で、セブンイレブンに入る。

おにぎり2個を調達。

JR由仁駅で食べることにする。

ここの駅舎は建替えられいて、新しい。

駅舎というより、観光案内所が入っているコミュニティプラザ。


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▲一級河川の「ヤリキレナイ川」

よく珍百景などで登場する有名な川が街中を流れる。

由仁のまちを散策。

かつては栄えたのであろう、古い旅館や飲食店などが残っている。

どこか産炭のころのおもかげがただよう。

まちを離れると、再び馬追丘陵越えの上りが始まる。

足元だけを見て、トボトボ上がっていくと、

下りをビューンと飛ばして下りる自転車サイクリストたちにすれ違う。

彼らはいちようにワタシにエールを送ってくれる。

うれしい反面不思議に思って小さな峠を越えると、

その理由がわかった。

峠の反対側では、さきほどのワタシと同じように、

サイクリストたちがハアハア言わせながら必死にペダルをこいで坂道を上っているのだ。

今度は下りのワタシが「ガンバーっ!」とエールを送る番だ。

そう、お互い、自分の足でがんばる「同志」と思ってくれたのだろう。

うれしい思いで峠を越えた。


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▲馬追自然の森 遊歩道入り口

馬追温泉を過ぎたあたりにクルマが数台停車している。

遊歩道を進めば、馬追山の山頂に行け、

出発地点の長沼温泉にもつながっているようだ。

ロードに飽きていたこともあり、

ここからトレイルランに切り替えることにした。


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▲荒れた遊歩道?

山への入り口がよくわからず、右手の道に入ってしまったことが

間違いのはじまり。

倒木がいくつもあり、道は整備されておらず、

案内看板すらない。

なんだかヘンだなあ〜と思いながらもズンズン登っていくと、

もう少しで頂上付近を感じたその先で、

なんと道はなくなっていた・・・

どうしようかと思案にくれる。

すると、遠くに人の声が聞こえた。

でも、道はない。

こういう時は基本に立ち返ろうと、

せっかく登ってきた道を引き返すことにした。

どのくらい時間をロスしたのだろうか。

まもなく登り口に戻ると、ベンチがあり、しっかりと整備されたそれらしき道があるではないか!

再び山に入るか、少々迷ったが、

せっかくだからと、登ることに決定。

馬追山の山頂である「瀞台(しずかだい)」を目指す。


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▲馬追山の山頂、瀞台から石狩平野を望む

この山の標高は275m。

自衛隊の基地が山中にあるらしく、鉄線が張られている。
ちょっとイマイチではあったが、
ここの名前の由来「明治19年に当時の道庁技師・内田
瀞氏が馬追原野の地勢調査のため登ったもので、この事業は北海道農村設定と開拓史の上で画期的なものであった。(中略) この山に登り、石狩平野を眺望して『大小の河川沼沢、深い泥炭地、その開拓の前途は容易ならざるも必ずや、他日の穀倉たらん』と述べている」
という文章を読み、先人の決意に感嘆。

豊かな米どころとなった平野をしげしげと見つめ、
下山のトレイルに気合いを入れた。


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▲「馬追の名水」

遊歩道のゴールには。「馬追の名水」があった。

ここでありがたく空のペットボトルに名水をくませてもらい

ゴクゴクと飲み干す。

ここからは、出発地点の長沼温泉はすぐ。

下りの道を進むと、クルマが見えて、ゴール。

6時間が経過していた。


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▲長沼ジンギスカン食べ比べセット


長沼温泉に隣接するレストランで、一人ジンギスカンを注文。

空腹のカラダに染み渡るようにうまかった。


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▲馬追山一周コース


距離は山に迷ったこともあり、

正確にはかれなかったが、40キロ程度であろうか。

登り下りを含めれば、結構な練習になった。


JR江差線の廃止の日に

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▲JR北海道発足後の廃止路線(北海道新聞より)


JR江差線は、本日2014年5月11日の運行を最後に廃止される。
昭和11年の全線開通から78年の歴史に幕を閉じる。

普段、札幌圏に暮らしていると、
道南のローカル線にしか感じられないかもしれない。

函館には行ったことがあるが、
江差町や木古内町には行ったことすらない。
という人も多いことだろう。

かくいうワタシもそうだった。

移動・輸送の主役が変わりゆく。
馬車→鉄道→クルマ→飛行機・・・。

道路もどんどん整備されていく。
マチの商店街を通っていた国道が、バイパス化され郊外に通り、
その郊外に大型店が立ち並ぶ。
そして、取り残された商店街はやがてシャッター通りになる。
おなじみの光景だ。

その上、
高速道路が開通するやいやな、
マチ自体が素通りされるようになってしまう。

利便性、高速化、が進むことは
光と影の両面があるように思う。

全道各地を出張していると、
たまに、「どうしてこんなところにマチがあるんだろうか」
というところがある。

そうした場合、
調べてみると、かつて鉄道が通っていて、
駅があったことに関係していることが多い。

クルマ社会に育った我々にしてみれば
こんなところにも鉄道があったのか、と驚くばかりだが、
事実、そういうことが多々ある。

同じように、
「どうしてこんなところに人が住んでいるのだろうか」
と思うことがよくある。

それは、人里離れた海岸線であるとか、
山奥の盆地であったりする。

こちらも、たどっていくと、
生活の糧となる「資源」があり、仕事があり、産業があったことがわかる。

「ニシン漁が栄えていた」

「炭鉱があった」

「良質な材木があった」

これらの資源を運ぶために鉄道がしかれ
内陸と海を結び、船で本州へ運ばれた。

日本の経済成長とともに、
産業構造も変化する。

農林漁業→工業→金融・情報・サービス業

行き交うものは、鉄道や船で運ぶことなく
インターネットで運ばれるようなものになった。

役割を終えたものは、
新しいものにとって変えられる。
しかし、
なんでもかんでも、それでいいのだろうか。

JR九州をはじめとした全国各地では、
地域のローカル線をうまく活用した、グルメ列車や観光列車として
リニューアルして再び脚光をあびる例が報道される。

効率性や
採算コスト、維持管理といった費用対効果の経済性で
判断されていいのだろうか。

ひとつのローカル線の廃止にあたり
そんなことを思った。



「アスリートの魂」〜「自分に負けない」 競泳・鈴木聡美選手

NHK「アスリートの魂」を見る。

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競泳 鈴木聡美選手(23)
「自分に負けない」

社会人2年目のアスリート。

ロンドン五輪で日本女子としては史上初となる3つのメダルを獲得。
とろこが、昨年の世界選手権でまさかの敗退。
その後、勝てなくなった。

このままで終わりたくない。
闘いが始まった。

立ち向かうのは、自分自身。

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彼女の苦闘を追う。

一番は気持ち。
負けてたまるかという気概を持つ。
本来の泳ぎができなくなっていた。
それは、守りにはいっているからだと指摘される。

泳ぐのがこわかった。

失った自分本来の泳ぎを取り戻さねばならない。
まずは、フォーム改善から取りかかる。

練習量を限界まで増やして徹底的に自分を追い込んでみよう。
普段の2倍の練習量に取組む。
さらに、上半身に負荷をかけ鍛える。


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バーベルの重さは55kg。

「ただひたすら練習量を積む。それしか私にはできない」

「これだけ体がキツいのに、足つらずに泳げたとか、
こういった苦しいことの積み重ねが自分の自信につながってくると思うので」

本番直前。
さらにトレーニングは厳しさを増す。

コーチ「速く泳ぐためにいろんなことやっているわけだから
どんなに疲れている状態でも最善を尽くさなきゃだめだぞ。
妥協があったら、進歩していかないよ」

目標タイムに向けて、多タイムトライヤルを繰り返す。
11本目、ついに届く。

そして迎えた日本選手権大会。

再起をかけた正念場。
その時の心境を
「ずっと心臓がバクバクいっていたり、
水着に着替える時に手が震えてしまったり
こわばっていました」

100mのスタート。
「苦しい1年間を過ごしてきたので、
自分が今どれだけ出せるのかといったことを
ずっと考えていました」

「練習をたくさん積んでこれだけ練習したんだから
大会でもいつもどおりの泳ぎができるはずだと」

2位に終わったレース後、
次に向けビデオを確認する。

翌日、50mの決勝。
闘う相手は自分自身。

「しっかりと自分と向き合いながら
自分のイメージした泳ぎを出し切る」

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自身の持つ日本新記録を更新する。
1年ぶりの勝利。
長いトンネルを抜け出した。

そして、闘いはまだ道半ば。

その視線は、2年後の五輪に向けられている。

「自分に負けるということは、
自分で限界をつくってしまうことなので
その限界を自らではつくらない」

   *

レベルは違えど、
「泳ぎ」を「走り」におきかえて、
ワタシのエネルギーになった。


ドラッカーに学び成果をあげるビジネスマンインタビューから2

ドラッカー本を読んで成果をあげるビジネスマン。

先日は札幌市交通局の田畑さんに、お話しいただいた。

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▲田畑祐司さん 札幌市交通局 高速電車部長

[プロフィール]
1955年札幌市生まれ。立命館大学法学部卒業後、民間の自動車販売会社を経て札幌市役所へ。交通局財務課からスタートし、ほぼ交通局に勤務。2009年より現職、直属の部下400人を率いるトップマネジメント。



—お仕事をおしえてください

田畑●札幌市交通局で高速電車部長をしています。
市内の地下鉄3路線と、
中央区を走る路面電車1路線の運営・管理を担っています。
地下鉄の方は全長48㎞、全49駅を運営し、
1日あたり約57万人の方々に利用いただいています。

私はその中で、業務課・指令所・運輸課など全部で7つの課を所管し、
事業管理、技術担当の2人の部長と力を合わせて
安全運行と事業経営をしています。


—ドラッカー本との出会いは

田畑●今から数年前、異動先の部署で
ドラッカーに魅せられた係長さんがいました。
その人が職場内でドラッカー本の読書会を開くことになり、
そこに何の気なしに参加したのがきっかけです。

その読書会では「経営者の条件」が読まれ、
私は例にもれず衝撃を受けたのです。
特に、「成果をあげるのは才能ではない」という部分と、
「汝の時間を知れ」という全くできていなかった「時間管理」の章に
目からウロコが落ちました。

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▲几帳面に線が引かれ、メモが書かれる本


—その後は

田畑●ドラッカーの世界にどんどん引き込まれていきました。
仕事柄「非営利組織の経営」に続き、
初期の著作である「経済人の終わり」などエターナル版は全て購入、
読みあさりました。

ちょうどその頃、
ドラッカー学会の存在を知り旭川で大会があるということで即座に入会し参加。
そこで知ったナレッジプラザに入会して
一層ドラッカーの世界が広がっていったのです。

毎月の「ビジネス塾」への参加はもちろん、
「実践するドラッカーセミナー」にも参加。
読書会にも積極的に参加し、
「読書会ファシリテーター」にも認定されるようになりました。

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▲「経営者の条件」は原書も所有するほど


読書会を通じて価値観を統一

—仕事にはどのように活かしていますか

田畑●ナレッジプラザの会員さんたちは、
とても魅力的な人が多いんです。
人生や仕事、学ぶことを楽しまれている。
そういった学び仲間から元気をもらっていました。
その学びの蓄えを職場にも還元したいと考え、
職場の中で読書会をはじめたのです。
すぐに賛同者が現れ、口づてに参加者は増えました。
通常の読書会の倍のペース、
つまり4ヶ月で1冊を読む早さでやっていたのですが、
10人程度の会が最初は2つ。
そして3つ、4つと班が増え、私一人では回らなくなったので、
“職場内(なんちゃって)ファシリテーター”に
お手伝いしてもらっています(笑)。



—成果はどうですか

田畑●私達の目標の一つに、
輸送人員を地下鉄60万人、路面電車2.5万人にしたい、
ということがあるのですが、
その前提として「安全があってはじめて」という基本があります。

その上で、駅員が親切だとか、
笑顔のあいさつがあるといった付随する価値があります。
これらすべてをひっくるめて、ドラッカーのいう「顧客の創造」、
つまり利用者の創造をすることを事業のコンセプトに据えています。

こういった職場の土壌形成にあたり、
読書会を通じて、「共通言語」ができた、
ベクトルが一致したことが非常によかったことですね。
強みを活かす、貢献を重視するなど
職場の価値観が統一されることで仕事がやりやすくなりました。

会議などで意思決定する際のモノサシは、
「これはドラッカー的にはあっているかね?」
といった視点で検討する。
そういう思考回路や職場風土が醸成されてきました。


—新しい取組みもどんどんされています

田畑●路面電車は2015年に環状化して新しく生まれ変わります。
これを機会ととらえて多くのお客様にご利用いただきたいと思っています。

十勝バスさんの取組みを参考に、
「小さく始める」「ノンカスタマーに聞く」を実践して、
住民インタビューや出前講座など様々な取り組みをしているところです。


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▲読書会を通じて貢献に焦点をあてた部門目標を策定


—ほかには?

田畑●5年前から慶應義塾大学の先生と一緒に
「ヒューマン・エラー・マネジメント(HEM)」という
安全管理活動に取り組んでいます。

これは「人はミスを犯すことが当たり前」ということを前提にして、
「利用者の安心感や満足を高める」ことと、
「働きがいのある職場づくり」という両面から見直すことで、
事故やトラブルが起こりにくい組織づくりを目指す活動。
事故の未然防止につながっています。

このHEMはドラッカーマネジメントと親和性が高く根本は同じ。
我々の基本原則になっています。



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▲フロアの端から全体を見渡すことができる田畑さんのデスク




—今後はどのようなことを考えていますか

田畑●人口190万人の市民の足を担う公共交通は重要なインフラ。
暮らしを下から支えるものだと思っています。
安全はあたりまえ。
水や空気のように使っていただけるような存在になりたい。

それには、利用者の満足はもちろんですが、
職員の満足もなければ実現しません。
皆に対しては、ドラッカーの言う
「貢献に焦点を合わせる」という考え方を浸透させたい。

また、ドラッカーの教えるコミュニケーションのあり方も組織に取り入れたい。
これらを実践して安全をベースとしたお客様満足と、
それらを実現する人材育成を願っています。

そういった意味でも、HEMとドラッカーマネジメントの両方を取り入れて
隅々にまで浸透させ、
我々が取組んでいるこの「札幌方式」を
全国のスタンダードにすることが私の秘かな “野望”でもあります。


ーありがとうございました。

北海道内のオーベルジュ、7軒

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女性せいかつ情報紙「オントナ」5月7日号は、
オーベルジュ特集が載っている。

オーベルジュとは、宿泊施設を備えたレストランのこと。
全道から7軒がピックアップされている。
簡単に紹介しよう。


▶十勝オーベルジュ (中札内村)
〜身土不二・一物全体食がモットーの十勝フレンチ
コテージ3棟 23,700円から


▶チミケップホテル (津別町)
〜ありのままの自然と静寂に包まれた秘境でステイを
8室 32,400円から


▶夕張鹿鳴館 (夕張市)
〜100年前の豪華な大正モダン建築と創意あふれるフレンチの館
3組 37,500円から


▶お宿一凛 (美瑛町)
〜夫婦二人のもてなしが温かい和のオーベルジュ
3室 17,000円から


▶レストラン・マッカリーナ (真狩村)
〜地元愛あふれる北海道オーベルジュのパイオニア的存在
4室 12,000円から


▶フラテッロ・ディ・ミクニ (上川町)
〜日本を代表するシェフが手がける”北海道料理”を大雪山のパノラマの前で
2棟のヴィラ 21,600円から


▶レストランビブレ (美瑛町)
〜2014年春オープン、旧小学校をラパンフーヅがプロデュース
5組 23,700円から


少人数、1日数人限定。
価格は安くはないが、価値は高い宿&レストラン。
こういうタイプの施設がもっと増えてほしい。


2014年GWのラストの日

2014年のGWの最後は、南幌RUNだ。

自宅を出発し、
まずは、江別東ICを目指す。

すると、同じ方向に進む1人のランナーに出会う。
しばらく併走する。

聞けば、ご近所の先輩ランナー。
昨日の「豊平川マラソン」にも出場したという。

さらに、
10年前には、サロマ100キロマラソンも完走された方。
「今はねえ〜」とおっしゃる、日に焼けた筋骨隆々の先輩は
次の目標は、千歳に出場するという。

こんな出会いも、うれしいかぎり。

お互い、エールを交わしてワタシは先輩ランナーとわかれ、
一人、南幌町を目指す。

道々337号線は、その番号から、
「手拍子街道」と名付けられているが、
浸透はイマイチ。

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▲国道337号線

歩道のない、ちょっとコワい道を進む。
時折、バスや大型トラックに身をちじめる。

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▲夕張川の堤防

岩見沢方面へ進路を変えると、夕張川の堤防道路に出る。
アスファルトの整備された道を進む。

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▲南幌リバーサイド公園

やがて、10K地点にある建物に到着。
ここには、ミシュラン掲載店が入る河川敷の公園がある。
テントを張っている方も2組いた。

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▲南幌「きゃべつキムチラーメン」

進路を西に変え、南幌市街を通過すると
以前行ったことがあるミシュランラーメン店が見えてきた。
南幌ラーメン「きらら」さん。

のれんがかかっていることを確認して、
店内に入る。

迷わず名物の「きゃべつキムチラーメン」を注文。
味は、意外にも濃く辛い。

ランニングで疲れた胃腸に深くしみいる。
つゆをあまり飲まないように自制して、店を出る。

南幌町のきらら街道を進む。

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▲幌向運河

iPhoneのマップを頼りに進むと、
幌向運河が見えてきた。
この道を進めば、やがて、南幌温泉が見えてくるはずだ。


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▲南幌温泉に立つ、「ふきの塔」

観光客気分を盛り上げようと、
温泉に立つ塔に、初めて登る。

高さ18m。
周囲が一望できる。

その後、とぼとぼと走ると約26K。

ヒザの周りが痛くなった。

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▲南幌への、26kコース

GW期間としては、合計145Kであった。

ランニングの距離は稼げなかったが、
いろいろ出張など、
充実した2014年のGWとなった。



「寿都ファンクラブ」の第1回<鉄道体験>会に行く

寿都湾を取り囲む風のまち、寿都町へ行く。

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▲寿都町へは札幌市から約150㎞、函館市から約140㎞

寿都のまちの魅力を知り、
好きになってもらい、
何度も通ってくれる人を増やす、
「寿都ファンクラブ」の第1回の体験会が開催された。

今回の魅力体験テーマは「鉄道」。

そう、ここ寿都町にはかつて、鉄道が走っていた。
「寿都鉄道」として、いわゆる私鉄であり、
黒松内と寿都の間16.5キロを走る鉄道。
大正9年から昭和42年ごろまで、人や貨物を運んでいた。

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▲ミニ講演会とビデオ上映

この鉄道について、まずは概要を講演会で知る。
講師は「寿都五十話」という分厚い著作を自費出版された、
著者・山本竜也さん。

山本さんは、昭和51年生まれ。

北大大学院を卒業後、気象庁に勤務。

各地を転勤する中、平成18年から2年間「寿都測候所」に配属となる。

その間、歴史あるこのまちに町史がきちんとまとまっていないことから、

自ら調査・取材を敢行し、WEBサイト上にまとめた。

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▲当時の駅舎

参加者はバスに乗車し、

実際の鉄道遺産を見る。

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▲かつての駅プレートが掲げられる、旧「ゆべつ駅」にて

マイクを持つ赤いウィンドブレーカーが山本さん。

その左、青いウィンドブレーカーの方が佐藤幸雄さん。

寿都鉄道の社員として、車掌・駅員として働いていた方。

現在は、寿都ハイヤーの社長を務める。


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▲終着駅となる、現在の黒松内駅

札幌市立大学写真部からの参加者を交えて
約3時間の跡地を見学。
雨に降られての、少々短縮バージョン。

その後は、「寿都温泉ゆべつの湯」へ会場を移して、
寿都の春の旬を味わう。

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▲4月〜5月が旬の「寿カキ」やホタテ

日本海の寿都湾を持つこのマチは、
かつて、ニシン漁で賑わった。

現在は人口3,300人あまりだが、
当時は3万人もの人で賑わっていたという。

そのニシンで培った漁の技術が、
さまざまなさなかの水揚げにつながっている。

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▲夕食交流会会場

うまい魚をビールで味わう参加者

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▲エビ、イカ、サクラマスが豪快に焼かれる

焼いているのは、観光協会の寺門会長自ら。

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▲ゆべつの湯、外観

ここの町営温泉は、温泉博士として名を馳せる松田先生から
「道内でもトップ3に入るほどの公共温泉施設」といわしめるほどの温泉。
たしかに、2つの泉質もさることながら、
熱いお湯やぬるいお湯など、多彩な湯船が楽しめる。


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▲温泉に隣接するコテージ

我々が泊まったコテージは、全部で3棟あり、
低価格と設備のキレイさゆえ、
夏場を中心に人気の施設。

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▲朝食の「生炊きしらす佃煮」

寿都を代表する水産加工品を朝食でいただく。
佃煮は、寿都湾で獲れるコウナゴという小魚が原料。
各加工会社がタイアップして、
「佃煮八宝味くらべ」という8品をセットにしたパッケージがある。

今回は、このパッケージをすべて味わおうというもの。


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▲「どんじゃのり」という厚く大判ののりでおにぎりに

岩のりをきざまずに板状に干した「どんじゃのり」は絶品。
しょうゆにひたひたに浸して、ご飯といっしょに食べる。

ちいさく刻んだものは、お味噌汁に。

磯の香りが口の中に広がる奥深い味わい。

海の幸はいいなあ。

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▲朝からご飯をおかわりしていただいた


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▲道の駅「みなとま〜れ寿都」

ツアー最後のプログラムは、道の駅から。
「すっつまち歩き」。

「まちのマップ」を片手に、
商店に入って店主にそれぞれの「合言葉」をおしえてもらう。

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▲「わかさいも」の本家はここ寿都の若狭屋老舗さん

ここの合言葉は「◯◯◯」。
店主・若狭さんとの会話が楽しい。
おみやげも、この機会に買える。


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▲サクラが満開であった、寿都神社

こういう企画でもなければ、道の駅だけで通過してしまうところ。
1時間〜1時間半程度で、まちをぶらぶら。
名所を歩いて散策できるのは、新鮮だ。

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▲新ご当地グルメとして売り出し中の「寿都ホッケめし」

まち歩きのしめは、地元ランチ。
いろいろ迷ったあげく、やっぱりコレでしょということで
新ご当地グルメ「寿都ホッケめし」をオーダー。
お店は「寿都食堂・居酒屋たつ己」さん。

アツアツのプレートにホッケを載せて、
蒲焼きのようになっている。
カキ2枚がついて大満足のランチ。


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▲「まち歩き」の後はガラポン抽選

まち歩きから戻って、道の駅で抽選を。
寿都オリジナルTシャツをはじめとした
空くじなしのプレゼントがもらえる。

ワタシは「生炊きしらす佃煮(道の駅限定パック)」が当たった。


今まで、通過するだけだった寿都町。
その奥深い魅力の一端にふれることができた旅。

この「寿都ファンクラブ」の催しは、
第2回は<漁業体験>として、6月21日(土)〜22日(日)
第3回は<例大祭参加>として、7月中旬を予定している。


詳細を知りたい方は、

寿都ファンクラブ http://suttufan.com/about

(寿都町の観光スポット、イベント、飲食店、宿泊施設などが掲載されています)

・寿都町産業振興課 電話0136-62-2602へ

江差・奥尻島への出張

2泊3日で、江差・奥尻へ出張に行ってきた。

GW連休中に走る「臨時特急北斗88号」は
「ノースレインボー車両」といって、
中2階に客席がある、リゾート列車。
ラッキーなことに、1号車に乗れたため、
運転席ごしの窓から前方が見える、快適な出だしとなる。

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▲リゾート列車タイプのノースレインボー車両

大沼公園で、菊地さんらと合流。
クルマで江差へ行く。
1件、打合せ。
後、懇親会を経て、江差泊。

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▲奥尻へ行くフェリー

翌日は初めての奥尻島へ。
ハートランドフェリーに乗り込み、2時間10分の船旅。
フェリーはいいなあ。

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▲奥尻島唯一の公共温泉、神威脇温泉

奥尻に上陸後、まずは島1周のドライブ。
まずは概要をつかむ。

1周60数キロと、思ったより大きいことがわかる。
しかも、アップダウンが大きい島であることを実感。

この日・5月1日は「しまびらき」という一大イベントが開催される日。
観光シーズン到来を告げるイベントであり、
我々もそれに参加する。

島の中学生からもてなしを受ける。

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▲本日の宿泊は民宿「大須田」さん

菊地さんが手配してくれた宿に入る。
アットホームな宿。
島にきたなあ、と感じられる宿だ。


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▲夕食は島のごちそうがふんだんに

島で獲れた海鮮に加え、
この季節ならではの、春の山菜が調理される。

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▲島の朝、5時

この日は21時に就寝。

ぐっすり眠った朝は、早朝旅ランニングへと出かける。
食べ過ぎのカラダをゆっくりと起こすように、
島の北側へジョギング。

ゆるやかな坂道を上ると、宮津漁港・弁天岬が見えてきた。

朝もやがかかり、鳥のさえずりが響き渡る。
民家からは、煮炊きの煙があがり、
漁から帰ってくる(?)軽トラが道をいきかう。

島の生活を、感じた。

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▲帰りのフェリーから見えた、島のシンボル「鍋釣岩」

天候はくもりや霧がかかり、イマイチだったものの、
帰りぎわには、光が差し込む。
新緑の森がまぶしく光る。

そして、ワタシらは
奥尻の島をあとにした。

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▲松前公園の「血脈桜」

江差港に、9時到着。
その足で、松前町に向う。

約1時間後に到着した松前は、雨が降り始めていた。
雨にけぶる松前公園。
5分咲きだというサクラは、みごとであった。

いつかは来たいと思っていた、
松前公園のサクラを見ることができ、感激ひとしお。

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▲松前城とサクラ

ひとしきり、小雨の松前公園を歩く。
風情たっぷり。
オトナのサクラ鑑賞だ。
後ろ髪を引かれる思いで、帰路につく。

そして、大沼までクルマで移動して、
JRで札幌へ。
盛りだくさんの出張が終わった。


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