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「後期近代のモノ離れ」論

新聞に「各自核論」という小論文のコーナーがあり、
興味深い分析を読む。

「後期近代のモノ離れ」と題して、筑波大大学院教授の土井隆義氏のものだ。
以下、要旨を抜粋して紹介したい。

   *

現代の若者たちは、しばしば嫌消費の世代と呼ばれる。
経済不況の世に生まれ、その環境を生き抜いてきたためか、彼らの消費行動はそれ以前の世代と比較して抑制的である。
しかしその一方で、彼らはSNSを巧みに使いこなすデジタルネイティブの世代でもある。そこに投入される金額は相当に大きく、その点から見れば彼らの消費意欲は決して減退していない。
若者の消費行動はコンテンツ消費からコミュニケーション消費へと移ってきたという見方が一般的になりつつある。
その背景には、日本社会の構造的な地殻変動がある。
経済成長から飽和点を越えて成熟期へと日本の社会が移行しつつあることの反映である。

過去の消費行動は、その多くは人間関係を嫌悪する傾向にあった。
1人で過ごせる部屋を持ち、そこで好きなビデオやオーディオを楽しみ、自家用車で外出したい。など、人間関係をうっとうしいものと感じ、そのしがらみから解放されることを願っての行動だった。
それに対して、今日のコミュニケーション消費は、他者とつながることを第一の目的とする行動である。
そこでは、お互いの関係を確認しあうためというより、関係を盛り上げるためにさまざまな消費が喚起される。
したがって、コミュニケーション消費におけるコンテンツはお互いに盛り上がるためのネタにすぎないともいえる。
後期近代に入った今日では、人びとの価値意識も多種多様になっている。
何を指針として生きていくべきか、その人生の物差しは人によってまったく違う。
良くも悪くも安定した価値基準が存在しない。
さまざまな価値の序列制は失われ、どんな選択肢を進んでも、それを選んだことの絶対的な根拠を見いだしづらくなっている。
かつてのように安定した評価の物差しがあれば、それを人生の羅針盤に据えることもできるであろう。
しかし、現在ではそれが見当たらないため、その代替として他者からの反応を受けることで、自らの判断や選択の正当性を見定めざるえない。
現代の若者たちが人間関係に過剰に投入し、過大な価値をそこに見いだすのもそのためである。

近年、コレクティブハウスやシェアハウスがもてはやされ、かつての長屋暮らしをほうふつさせるライフスタイルが広まりつつある。
しかし、それらも近代化以前への逆戻りではなく、むしろ後期近代への移行を示す現象として理解すべきである。
いま私たちは近代精神の分水嶺に立っている。

   *

マーケティングに携わる者として、非常に興味深い分析だと思う。
もちろん、筆者が指摘することが「すべて」ではない。
けれど、そういう見方もありだし、そう見ることで見えてくることもある。

最近、驚いたCMがある。
トヨタ自動社の「免許をとりに行こう」CMだ。
クルマを買ってくれ、でもなければ、
走りのライフスタイルを訴えるものでもないCM。
まずは、免許を取得してください、というメッセージに時代の変化を感じる。

・モノ所有→つながり所有
・画一的なものさし→多様な価値観
・わかりやすい自己評価→他者反応による自己評価

時代の空気は変化する。






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