ワタシは「ドラッカー学会」という学会に参加している。
と、言っても、年会費を払いさえすればOKの会。
すごいとか、エライとかではない。
この会の運営委員である佐藤さんから
後を押されるかたちで、「学会年報(Annual Report)」に寄稿している。
今年は、ドラッカーの生誕100年ということで
特別号が予定されているとのこと。
締め切りが例年よりはやかったが、
なんとか、書き終えた。
こういう機会は大切だ。
ちがった角度から自分を見つめ直し、
鍛えることができる絶好のチャンスだ。
積極的に参加すべし、と思う。
今年の「成果」は10月に発行されるまでの、お楽しみだが
ここでは、昨年秋に発行された「2008年」の年報に掲載された
ワタシの「エッセイ」をご紹介したい。
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「私たちの整体師・ドラッカー ~体幹のゆがみを戻してくれる者~」
人生整体師,ドラッカー
ご自身は「社会生態学者」であるという.しかし,私にとっては「人生整体師」である.あわただしい日常に埋没するうちに自然と傾いてくる身体の軸.そのゆがみに気づかせ,矯正してくれる者.ドラッカーの言葉は身体の奥底から鍛えることを諭し,そのゆがみを正常に戻す.いや,姿勢そのものを正しくさせてくれる.
近道などない
私がこよなく愛するマラソンには,「足で走るな、背中で走れ」という言葉がある.これは、
42キロという長距離を走るにあたって,脚力のみを鍛えてもダメというアドバイスだ.長丁場ゆえに全身の力を使わねばならない.いわく「体幹」を意識し,姿勢の良さを保つ.これは、身体のウラ側・背中を意識することだという.
ドラッカーは,この「背中で走れ」的な重要かつ本質的な指摘をする.『成果を上げる者は仕事からスタートしない.時間からスタートする.計画からもスタートしない』.えっ?と思う.(計画こそ大事なスタートじゃないの?)最初はそう思う.けれど,それが錯覚である現実を提示する.目からウロコ.このような本質的な指摘がいたるところに散りばめられている.読むたび,ウロコが落とされていく.
「体幹」の大きな筋肉を鍛える.一見,回り道のようで実はタイムアップ・完走の近道というようなことは,スポーツの世界だけではない.その道のプロフェショナルならば,誰もが心得ていることであろう.学ぶべきは,小手先のテクニックなどではない.そもそも『どこへ向かおうとしているのか』『我々の事業は何か』.ここを明らかにすることなしに,成果はない.ドラッカーは「成果を上げる」ためには,人並みの能力があれば十分だという.その上で,真摯に練習を重ねろと喝破する.『神々が見ている』『完璧なる高い基準を持て』.物事に安易な近道など存在しないと知るべし,と言わんばかりに.
軌道を修正する
マラソンも仕事も,人生さえも同じであるように思う.一発勝負ではない.長きに渡って走りつづけるものだ.その時,必要なものは身体全体を支える大きな筋肉.一見関係なさそうな,目に見えない部分のトレーニングこそ重要だという事実.頭でわかっていても,私を含め,多くの者は時々忘れる.目の前のことに忙殺され,どこかへ置き去りにされてしまう.
目先の損得と,長期のそれとは二律背反・トレードオフの関係になることが多い.短期的な施策が時に麻薬のように効き,じわじわと母体をついばんでいく.人はともすると,安きに流れ,知らず知らずのうち麻薬に馴染む.短期的な成功にうつつを抜かし,気がつけば・・・.そんな話はいたるところに転がっている.「体幹」のゆがみは,自分では気がつきにくい.他人の指摘でハッとする.そのゆがみを正してくれるのが,ドラッカーだ.だから,定期的に診てもらう必要がある.人間ドックに入るがごとく一定周期にドラッカーに接し,小まめな軌道修正をする.人は、時に方向がわからなくなる時がある.道を見失う.そんな霧の中にいる時こそ,整体にかかろう.自らの垂直と水平を見出すために.『自分がしたいことではない,なされるべきことは何か』と.
ドラッカーの「施術」は静かだ.派手なパフォーマンスは,ない.だが,良く効く.的確な「問い」が内なる答えを引き出す.教えられたものはすぐ忘れるが,自ら気づいたことは血となり肉となる.見た目を矯正することなく,内なる肉体改造.いや,体質改善を促す.それだけに重い,身にこたえる.
目指すところはどこか
マラソンには,幸いにしてゴールというものが設定されている.42キロ先に向かうべきところがはっきりしている.だから苦しくも走れる.
一方,人生にはそれがない.自分がどこへ向かおうとしているのか.答えそのものがなく,自ら設定していかなくては,そもそも走り出すことすらできない.
ちょっと前の時代には,このゴールにも似た「成功の方程式」なるものがあった(ようだ).受験競争を勝ち,いい大学に入り大企業に勤める.すると,年功序列・終身雇用のエスカレーターに乗れ,ハッピーリタイヤ年金生活が待っているというものだ.この方程式が近年,がらがらと音をたてて崩れている.
しかし,この現実を不安・脅威と捉えることなく「機会」とすれば,自分らしい大海原が開けていると考えられよう.ゴールの設定いかんによって,人生の充実度・満足度は大きく異なる.事実,会社ごと突っ走る高速道路を一人静かに降り,自分ならではの「けもの道」を歩み始める人も多い.
では,いったい,どこを目指して走ればいいのか.
暗記一辺倒,予め答えがあるという試験問題に慣れ,どこからか模範解答を探してくることに慣れきった私たちにとって,これは実は,悩ましい.グーグルの検索結果に人生の答えはない.しかし,ここでもドラッカーは『何によって憶えられたいか』を問え,とヒントをくれる.この問いこそ,今の世の中に生きるすべての人にとって必要なものではないだろうか.若者はもちろん,表面豊かなこの時代に生きるもの全てに,常に点検すべき重要な問いのように思う.
ドラッカー本を携えながら
『目の前の石臼に向かいながらも,丘の上を見よ』ドラッカーはバランスを重視する.多様性を好む.それぞれの自分らしさにエールを送る.この有能な整体師をメンターに持てる我々は幸せだ.施術時間は人それぞれ.費用はわずか.整体後,晴れやかになる.視界が開ける.進むべき道筋が浮かび上がっている.
だからドラッカー本は手放せない.休暇中の旅先にも,マラソン大会の会場にも,トイレの中にもドラッカー本を携える.線を引き,意味を考え道を見出す.
そして,今日も我が姿勢を一つ正す.
(以下、本文)